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2008年05月16日

生きていないと生が見えない

 生きていないと生が見えない

                2002年5月31日     長井利正


人生本番!すべては今をどう生きるか!どんなタイムリーなことばにいるか!です。

それは、一人でカニの泡のようにグチっていることでもなく、テレビの中のタレントのように、

意味もないおしゃべりをマシンガンのようにブッとばしていることでもありません。


あくまでも人の人生に違いをつくる!どう、生きることが人間としての最高の歓びなのかを伝えつづけるメッセージライフにいる事です。

それは、こうして意図フルなライトメッセージを書くことでもあります。

ことばがいのちの本体であるならば、人として生きることは、いかに人を力づける会話をし、出会い、乗り移っていく会話をし続けるかということです。

あの人は何でああもパワフルなんだろう?

何であんなに新鮮なんだろう?
の実体は、そのパワフルで新鮮な会話にあるわけです。


これが、人間として生きていると言うことです。


そこから見ると、いかに生きながら死んでいる人ばかりかが目につきます。


意味もないおしゃべりの明け暮れとは、虫や蛙の鳴き声と変わりありません。


人間は自分が見えない!という名言の真意は、


①自分がことばである事、


②それが、どんなことばであるか、


③それは何を意図したことばであるか


に尽きます。

とくに、ここで強調しているのは、②の人間として今を生きるということが、人が人に働きかけ、互いがパワフルに生かしあっていくという真実生活にいるか、いないかの確認を言うのです。


人生とは、思い出の質量であるといわれますが、それはいやしという現実逃避ではなく、

いかに互いが会話しあうことで進化していくかという真実を共有しあうコンタクトコミュニケーションの質量、


これを生き、生かしあうことを言います。icon97

  
Posted by nagai@福岡 at 08:00Comments(0)長井利正のメッセージ

2008年04月05日

話し方=生き方 「全宇宙の中心点」

全宇宙の中心点(空間なし!)

                               2002年5月13日   長井利正


私は小さいときから、世界中を見てみたい!と思い焦がれました。

大きくなってから、趣味は?と聞かれると「旅行です」と答えました。

そのうち、宇宙に興味が出て、晴れて空気が澄んでいる時など夜空の星をみつめて、遠い遠い宇宙の果てに思いを馳せ、何とかして、あの、とんでもない未知の世界を垣間みることはできないものかと、もだえるような思いにふけったこともありました。

今は、おかげさまでNHKが150億光年の彼方の星雲(別宇宙)の映像を生中継してくれるようになりましたが、何か、その映像には懐かしいような親しみを感じるのです。

「ものなし、我なし、ことばのみ!」このことばを噛みしめていると、すべてのカベが消えて、全く未知の世界の実体までが見えてくるのです。

「すべての現象は実体はなく、それを一喜一憂するわが意識なるものの根拠もない!すべてはことばとして現れる。

宇宙そのもの、エネルギーの波、愛と呼ぶウェイブの万華鏡である・・・」


が、読めてくると、何のあせりもさみしさも空虚さも消滅してしまうのです。


ここが全宇宙の中心点!!その事実が納得されるのです。何も焦らなくていいのです。

うわべは何か違うもののように見えても、実体は一切の差別はなく、あなたは私、我々なのですから、安心して、ドッシリ構えて、ユックリ楽しんでOKなのです。


宇宙は元々ありません!!

そして今、ここが、すべてのすべてです。


ユッタリと、しみじみと、ありがたく居りましょう。

  
Posted by nagai@福岡 at 08:00Comments(0)長井利正のメッセージ

2008年04月04日

話し方=生き方 「24時間100%」

 24時間100%(時間なし!)


                                       2002年5月13日  長井利正


私は今、24時間暮らし!という不思議な自由さに居ます。具体的に言うと、差別感がどんどん消え、区別に限りない自由さがあるのです。


世間には、朝・晩とか、今何時だからとか、どの位の時間があるとか、つまり、時間という会話に縛られ支配される不思議さにいます。

私はその感覚が段々無くなって、24時間全く自由に今を楽しむカンをとっているのです。

たとえばスリーメッセージを当てはめてみると、いつでもどこでもリバースライフするのです。

だからフルチャージで、いつもエネルギー満タン!!オールウェイズ、スタンバイOKです。

ライトメッセージは、全く自由にベストコンディションの中で書いています。

いつ書く・・・という制限やしきたりが、ないのです。

勿論メッセージライフそのものとして生きていますから、チャンスが向こうから訪ねて来ます。


サワちゃんのお母さんと会いたい!という思い(意図)が、私を小倉へ行かせ(講演会のチケットが来て)理想的な面会時間に奇跡的なお見舞いの会話を創り出しくれました。

本当にありがたい!申し訳ない!と実感するのですが、睡眠、食事、運動、仕事、会談etc人間としてのすべての暮らしが、フルフリーダム(全自由)として動いているのです。

そして、このあり方は、やがて皆さん一人一人にも味わっていただき、やがてすべての人類(なかま)に及んでいくだろうと思います。

人間としての本当の幸福というのは、このことを指していると思うのです。


時間なし!とは、本当のことなのです。
  
Posted by nagai@福岡 at 08:00Comments(0)長井利正のメッセージ

2008年03月31日

「150億光年の彼方の星雲映像中継!」

君はこの奇跡をどう見ますか?

150億光年の彼方の星雲映像中継!

2002年5月9日       松本厚子


 私は、NHKのニュースの中で突然のようにハワイのスバル天文台の地上最大の望遠鏡が

NHKの超感度カメラを通して150億光年の彼方の生々しい星雲の姿を映し出しているのを見ながら、

しみじみと、身震いするような感動を憶えました。

だって皆さん、チョット考えて見て下さい!

あの映像は、今を遡ること150億年前の姿が、光の速度で150億年かかって、


今、私たちのテレビのスクリーンに映っているのです。

つまり、今の映像としてそれがあるかのように私たちの眼には映っているのですが、

事実はあの姿は150億年前の一瞬のフラッシュであって、


現実にはもうどこにも存在していないのです。


でも私たちには、それがあると見えているのです。


「ものなし」の証明映像なのです!!


そして150億年を単位にビッグバーンとブラックホールが繰り返されているとすると、

私たちは、あのスバル天文台からの他の天体(他の銀河系)の姿を通して、

私たちは銀河系が生まれる前の姿を見ることが可能!!だという、

どうにも神秘、メチャクチャな奇跡を体験できるのです。


もう・・・どうします!!



やっぱり私たちのパーフェクトメッセージは本物だったのですよ~~~~!!


つまり私たちは宇宙を越えた真実者チームなのですよ!!
  
Posted by nagai@福岡 at 08:00Comments(0)長井利正のメッセージ

2008年03月30日

「脳性麻痺児ルナちゃんのスーパーメッセージ」

君はこの奇跡をどう見るか?

脳性麻痺児ルナちゃんのスーパーメッセージ

                           2002年5月9日   No.1    長井利正


私は、本当に不思議な必然情報との出会いがあります。


ルナちゃんという全身脳性麻痺で、自分では立つことも、歩くことも、話すこともできない今10才位の男の子がいます。

この子は、眼と耳、つまり情報のインプットはするのです。

そこで、自分の脳(言語(げんご)野(や))では会話があり、

これを外へ伝えるには、右手の微妙な動きをお母さんが感じとり手書きのキーボード上の文字を指ささせて、

それを同時通訳調でお母さんが話し、お父さんがワープロ化して、次々と本を出しているのです。


この特異な会話方法は、以前テレビで見たオランウータンの一種のボノボ「ケンジ」が、

やはりキーボードを使い、通訳係をする女博士の世話で意志を伝達してくるのと、似ていました。

ルナちゃんの本は、今評判で、あんまり文章が美しく内容が純粋で感動する人が多いのです。


ルナちゃんの会話法は、見る人によって「あれは、お母さん自身の意志だ!」と疑(うたぐ)る人も多いのです。

私は、母と子は元々一体なのだから、それもあると思うのですが、

世間語という雑音がなく、シンプルにデータとしての知識

(今までに1,500冊位、知識としての本を眼と耳からルナちゃんはインプットしているそうです)

があれば、

ことばのエネルギーが純粋に働いて、神さまのような詩やメッセージは出てくると思います。

つまり、私たちもリバースライフで過去の雑音を完了しつづければ、天才的メッセージを発信できると思うのです。


どうか、ルナちゃんを越えて、世のリーダーと成っていきましょうよ!!

  
Posted by nagai@福岡 at 08:00Comments(0)長井利正のメッセージ

2008年03月22日

話し方=生き方 「声かけあうも“他生の縁”!!」

 声かけあうも“他生の縁”!!

                                 2002年5月1日   No.3  松本厚子

“袖(そで)すりあうも他生(たしょう)の縁”は昔から言われています。

「袖すりあう」とは、「すれちがう」ことです。たとえ衣服が触れ合うほどのすれ違いであっても・・・というほどの意味です。


次の「他生の縁」が曲者(くせもの)で他生とは、前世、つまり仏教のたとえ話の「前(まえ)の世(よ)」です。

つまり「人間同志を見れば見るほど関わりがあるんですよねぇ」ということになります。

それを私たちは人生は自作自演というところから

「声かけあうも他生の縁とシャレて、自分から人に話しかけることによって思っても見なかった親友にまで発展することが可能ですよ、逆に言えば、声すらかけねば、すぐ他人同志になってしまいますよ」
と解釈します。
まして、社長のNo.1では、「今がその時」と言われていますし、No.2では未来への声かけ?の重要さが説かれています。


そして私は、その具体的生活法としてすべての親という立場から「わが子としての人々」に草木に水をやるように積極的に、声をかける事の大切さを強調するのです。


あなたは一日々々ふり返り、どの位、自分から人に「声かけ」をしているでしょうか?

これが未来への幸せの種まきだとしたら、どの位積極的に「種まき」をしているでしょうか?


営業にいる人は当然のこと、製造の人であろうが、販売の人であろうが受付の人であろうが、

真実の里人(さとびと)として自分の声かけ=人への愛として、もう一度ふり返る時です。
  
Posted by nagai@福岡 at 08:00Comments(0)長井利正のメッセージ

2008年03月21日

話し方=生き方 「初めにことばありき!!」


 初めにことばありき!!


                                  2002年5月1日   No.2  長井利正


「初めにことばありき」とは、聖書の一節にある名言です。

私はこれを、「初めにことばが、ありました」と単純には訳したくないのです。

「人間は自分の人生を創作するには、常に未来を文字に書き現わし、そこから現象を具体化すること」と科学的に訳します。

その一番いい例が、アーサー・クラークとキューブックの合作になる「2001年、宇宙の旅」です。

約40年前、これがつくられ、そして40年後、宇宙科学は、ほぼこの映画なみの発達をとげました。

つまり、会話が現象を現わしたのです。人間の根本能力である会話力は大別して3ツの可能を現わします。


 1.過去のデータに基づく文化の整理・・伝統、慣習、常識(70%)

 2.現在の知識による問題の消化  ・・交流、会議、決議(25%)

 3.未来の構想による可能の会話  ・・仮説、提案、新案(5%)

(行末の%数は、そのスペースに生きている人の占める比率です。)


これで分るように、大半の人々は過去の会話で暮らしている消費者的生活者ですし、次の一部の人が現役のビジネスマン。

そしてごく僅かな人々がリーダーとして活躍する創業者的人物ということになります。

そして個人においても、思い出に生きる人、おしゃべるに生きる人、生きがいを求める人々と、なるでしょう。

さぁ、あなたがどこに立場をとるか?

もし、ライトメッセージが面白くなり、どんどん提言を書くようになったら、あなたは人類のリーダーとして、未来人であるしるし(・・・)です。
  
Posted by nagai@福岡 at 08:00Comments(1)長井利正のメッセージ

2008年03月20日

話し方=生き方 「エネルギータンクを全開せよ!!」

 エネルギータンクを全開せよ!!


                                   2002年5月1日   No.1  長井利正


 私は私自身がエネルギー自体である自覚にいるせいか、世間のエネルギーを敏感に感じ取るのです。
今の世の中は、皆が混迷しています。このままじゃいけない、何とかしなけりゃ・・・と、突破口をみんなが漠然と感じています。

 では、何を求めているかと言うと、モノやカタチのあるものではありません。

どう生きればいいのか?具体的には、会話のあり方を求めています。

 ただ、全体的にエネルギーが低下しているために、その自分たちが何を本当は求めているか自体も読めないし、それを積極的に探求することも、ままならないのです。

ここは、私たち自体がパワーアップして、「あ、そうだ、私たちは、これを求めていたんだ!」と目覚めさせないことには救えないのです。

田ぐり庵は、やっぱりタダの弁当屋じゃなかった。

彼等は、弁当と一緒に元気や、やる気や本気や知恵も届けてくれる!!という感謝と強い信頼の波にのって、弁当も着実にのびていくのです。


そしてそのためのレールはすでに敷かれています。モテル人シリーズ、進化する会話力8、覚醒する会話力5、真髄シリーズ、リバ研と、ステップも完成しています。

あとは、我々デングリマンが、私ぐらい・・・と甘えないで、この際だからこそ、本もののリバースライフを重ね、ライトメッセージを楽しみ、スキのないメッセージライフにいるだけです。


 こうした、私たちの輪に欠けたところが無くなれば一挙に出会いの波が拡がるのです。そして、その千載一遇(メッタにないチャンス)の時は、「今」なのです。
  
Posted by nagai@福岡 at 08:00Comments(0)長井利正のメッセージ

2008年02月23日

会話科学メッセージ 「岡本太郎が創られていくプロセス!」

これも必然の会話なのだⅡ

 岡本太郎が創られていくプロセス!


                                  2002年4月18日    No.2   長井利正


岡本太郎さんが言論界で話題となったのは、前にも我々が取り上げた話題作「今日の芸術」が1954年にベストセラーになってからです。




そしてこのヒットには、蔭の仕掛け人がいたのです。そ

れは光文社の神(かん)吉(き)晴夫さんというベストセラーづくりのベテランでした。

あの本は岡本さんの口述編集であって実際には書いていないのです。


まず神吉さんが岡本さんの反逆的トークに目をつけ、本を出すことを口説きました。



そしてインタビュアーと、速記者を足繁く岡本邸に日参させたのです。


そして、文章化し「ここは中学生には分りません」「もう少し具体的に・・・できれば例を書いて下さい」と注文をつけ、


それに対して岡本さんもスナオに従って合作されたものです。


この事実を私が取り上げたのは、ザラにあることだからで、松本清張さんのベストセラーもこの方法が多く使われていて、書くという事は方法であり、


すべては話すという能力が根本であること。

つまり、会話力が創造力とイコールであることを再認識して欲しいことと、

実は岡本太郎さんは、この口述著作が元で自分の会話スタイルに迄、違いが生まれたことです。


ちなみにカッパブックスのカバーに石原慎太郎さんは


「私は口早やで、相手につっかかるような太郎さんの話しっぷりが大好きです。そして太郎さんの文章は、その会話をさらに精練した感銘を私たちに与える。

今日、これほどダイナミックにことばをあやつり、芸術を説く芸術家はいるであろうか!」

と激賞しています。


これも神吉さんのおかげです。コーチの必要性を改めて思います。


人間がいて、話をしているのではないのです。

話しをすることによって人間が創られていくのだということを、太郎さんも証明してくれているのです。


さぁ皆さん、口を開いて言いましょう。

ペンを持って書きましょう。


それとも、自分が話して誰かに書いてもらいましょうか?




  
Posted by nagai@福岡 at 08:00Comments(0)長井利正のメッセージ

2008年02月23日

会話科学メッセージ 「今、再び岡本太郎と遭う!」

これも必然の会話なのだⅠ

 今、再び岡本太郎と遭う!


                         2002年4月18日    No.1   長井利正


今、巷(ちまた)で岡本太郎が逆襲して来ています。




仕掛人は岡本敏子さんです。

先日「恋愛芸術家」で彼女の生き方にアピールされ、

目下、心ある田ぐりっ子の間で熱読されているようですが、彼女が最も愛している太郎さんの「ふり返り姿」を表紙にして堂々と「岡本太郎に乾杯」と、これ又、彼女が一番言いたかったことばをテーマとした文庫本が出まわり始めました。



どうも気になるので、中味をパラパラっとして見ると、精密というかパワフルと言うか、

タローさんの生々しい声が飛び出して来て、つい買いました(438円!)。

その比較的冒頭部に次のような文章があります。(10頁)


『岡本太郎という存在が日本にとって、一体、何であったのか?

戦後50年、彼は全存在をかけて、何を問いかけ、何をぶつけたのか?

この国は、ついにそれを受け止めなかったような気がする。

(中略)岡本太郎には、やるべきこと、その筋道がハッキリと見えていた。

画壇の陰気な固定化したピラミッドを叩きつぶすこと。


さらに、絵とか文学とか狭い枠や村意識に捉われない「芸術」をこの風土に吹き起こすこと。


自分こそは宇宙の中心である、という個の尊厳と自由感を皆の中にとり戻すこと。


彼はことばと、行動と、作品で戦闘を開始した。』



これは果たして岡本太郎さんの個人の世界のことでしょうか?

今もなお、いたる所に陰気な固定化したピラミッド的権威はのさばり、

狭い枠や村意識のような常識会話ははびこり、我ゼッタイのお金怪獣は吠えまわっています。

そして、自分こそ?(すべての人々が!)宇宙であり、ことばの尊厳と真の自由さを何としても人間が、とり戻す戦いは始まったばかりです。


太郎さんの「頼むよ!!」と声が聞こえますか!




敏子さんのいのちがけのバトンランナーの姿が見えますか!?


そしてあなたの出番です。

  
Posted by nagai@福岡 at 08:00Comments(0)長井利正のメッセージ

2008年01月30日

コミュニケーション能力が出会いを創る!

人間関係とは会話関係であるの証明

 作家椎名誠さんとの出会い!
                                長井利正


この前、彼の講演会に初めて行った時、

出会いを意図して原稿用紙2枚のラブレターとだんご楼の女たちの原稿コピー、

そして田ぐり庵の名物おはぎを10個、受付の人を通して手渡してもらいました。


そうしたら4月5日に私あて郵便物が来ました。

中味は彼のサイン入りの最新刊本「ハリセンボンの逆襲」一冊と、

彼の撮った犬の絵葉書に


『先日は、ありがとうございました。東京のスタッフともどもおいしくいただきました、「だんご楼の女たち」面白く読みました。プロの腕です。沢山書いて下さい。椎名』(原文のまま)

と書いてありました。


たった一回の講演会で、稲妻のように互いの会話が交流しました。


この結果、彼と私の間には、まぎれもない人間関係が出来たのです。


彼もプロの作家として文章に対する神経と、そのインパクトはフツーの人の何百倍も敏感です。



彼が、実際に食べたかどうかは別として彼の仲間たちへの愛とそこに生まれるスマイル。


そして、私からのラブレター(原文あり)と「だんご楼の女たち」(これは間違いなく作家として読みます)

そして、その中を通して躍動する皆さん一人々々のエネルギーがチャンと彼の中に乗り移りました。

今後、第2伸や、未来人シリーズを送ったら、何か面白い動きが始まる可能です。



皆さんも、瞬間のチャンスを見逃さず、スピードと勇気を持って、ドンドンすてきな出会いを創っていって下さい!

  
Posted by nagai@福岡 at 13:00Comments(0)長井利正のメッセージ

2008年01月29日

コミュニケーション能力と読書

人は何のために本を読み、又は書くのか?

 私の読書体験からの発見Ⅰ             長井利正


自宅であれ、オフィスであれ、私が座る机のまわりには、やたらと本がある。

「ことばがすべて」に生きる者としては、猿のまわりには森があるような、当然の環境であろう。


考えてみれば、この私のまわりの本たちは、気の遠くなるような本の大海の中から釣り上げた魚たちの如く、買う気にならせた選ばれた本たちである。


従って、本のジャンルにも特長がある。


ひとくちに言うと“未知の世界”、あるいは、虫が知らせるような


“何かありそうな世界の本” もっと読んで “もっと知りたい世界の本” “なるほど・・・の先と出会える本”


などなどの本たちである。


今日は、こうした何となく読みたくなる本を書いた人々が何をめざして何のために書いたのか?
を洞察するチャンスがあったので、その結果をレポートしてみたいと思う。


たまたま、今、私の眼の前に(A)南の島へ-とび切りの感動に出会うたび-河田真智子(王様文庫)と(B)ガンジス河でバタフライ-たかのてるこ(幻冬舎文庫)という2冊の紀行文がある。

この旅行本はあたかも未知の国の紹介本であるかのように見えるが、ああ、著者たち自身が感動し、これが一番言いたかったんだな、と感じる箇所がある。


(A)のポイントは「日本の若い女が一人で南の島を旅すれば、話をしたい、お茶を飲みたい、食事をしたい、お酒を、ベッドインを、結婚を、と声をかけられる。

根本的に恋は平等だ。

だが、金で恋をすることは止めた方がいい。


(B)のポイントは、座禅をしている坊さんに向かっての自分のトークだ。

「私の周りのすべての自然が、バランスをとって成り立っている。

そのサイクル自体を私は信じて生きているんだと思います」




要は、自分とは誰か、何のために、どう生きるのかの探し旅なのですね。
  
Posted by nagai@福岡 at 14:03Comments(0)長井利正のメッセージ

2007年12月26日

人生哲学 「人間にとって真の幸せとは何か?②」

それは何の迷いも疑いも完了した時!

                      2002年2月26日    長井利正


人間にとっての悩みとは、自分の内なる不安、つまり迷い、疑いが晴れないことです。

たとえば、「私の未来は、どうなんだろう?」とか「私は何才位まで生きられるのかしら?」

「私が死んだら後はどうなるのかしら?」とか、「今、愛しあっている人は、本当に、どこまで愛しあえるのかしら?」「病気になったらどうしよう?」「今、やってる仕事は本当に成功するのかしら?」e.t.c.


ここまで読んでいらっしゃって、もう一度「現象が先か、ことばが先か」を振り返ってみませんか?


自分が今、どの位真実にいるのか?


世間にいるのかを見るバロメーターになるかも知れませんよ。


事実を先に言いましょう。クールに言えば、人生すべての確立は二分の一。


理由は、人間の中の平均的○+○-ことばは、未訓練な場合、自動的反応は半々だからです。


そして未来なるものの事実は全くゼロであります。

だから自分の内話を常に整備(リバースライフ)して自動反応の確立を○+100に近づけるほど、

ゼロという未来キャンバスには可能の絵が果てしなく現れるのです。


おまけに創作の訓練(ライトメッセージ)を日々つみ重ね、シンプルにダイナミックなことばを発信できるようになったら、

人生創りは達人レベルです。

しかも、本物、本音の人間関係は、真実を根本としたゆるぎない信頼関係の構築(メッセージライフ)であります。

ここに日夜立場をとり続けていれば、何の恐れもなくなります。


つまり、自分の内話に何の迷いも疑いも不安も不信も消え去るのです。

これをもって、真の幸せと言わずに何と言うのでしょうか?

田ぐりっ子の元気、明るさ、エネルギー感、やさしさ、面白さ、そして知恵、



人生に必要な宝物は、すべて、このドラエもんポケットから出るのです。
  
Posted by nagai@福岡 at 08:00Comments(0)長井利正のメッセージ

2007年12月25日

人生哲学 「人間にとって真の幸福って何でしょうか?

それは最高のことばに日夜満たされる時!

                          2002年2月26日   長井利正


人間にとっての事実とは、現象が先にあって、ことばはそれを説明しているレッテルに過ぎないのでしょうか?

それとも、ことばがあるからこそ、現象が存在していると感じるのでしょうか?


この根本的原理を、人生にまで応用してみると次のような会話が明らかになって来ます。


人間にとっての本当の幸福というのは、有名人になったり大金持ちになったりすることでしょうか?

無名で、どっちかというと貧乏だけど、生活に自由さがあって、何より自分の内側にすばらしいことばが満たされていることでしょうか?

という事実が見えてくるのです。


昔、私が現象を追いかけ、金持ち路線を走っている頃、一番の悩みは、

年中自分の中に様々な不安のことばがあり、チョッとでもうまくいかないことがあると、

もう家の中が火事になったかのような胸騒ぎと絶望感が拡がってくるのをどうしようもありませんでした。

今も、現象的には、様々な変化が起き、まぁ随分慣れては来ましたが万年貧乏OK!ですから、


うわべの不自由さはあります。だけど、一日中、そして毎日、寝ても醒めても内話がお正月なのです。

誕生日であり、祭日であり、記念日であり、おめでとう!!がいっぱいです。

何より凄いのは、一対一で未知の人と会話する時も、大勢の人々に何かを伝えようとする時も、全く自由で嬉しくて、

もう年令とか体力とか社会的ライセンスなんか、どっかへブッ飛んで歴史的会談やスピーチが爆発するのです。


これほどの幸せってあると思いますか?人間の真の幸福って何か、が伝わりますか?

  
Posted by nagai@福岡 at 13:00Comments(0)長井利正のメッセージ

2007年11月06日

話し方=生き方 「運命、運勢への迷い」

人生3大迷惑との対決
3.運命、運勢への迷い

                           2005年1月21日 No.3 松本厚子

自分には生まれつきという天分があり、定められた運命があって寿命まで決まっている!

こんなバカげた迷信が、いまだに堂々とまかり通り、本屋のベストセラーになるのが、悲しい現代の実体です。


私自身、昔から宝くじ買いというクセがありまして、社長から笑われたり「どうぞ」とそそのかされたりしているうちに、とうとう買わなくなってしまいました。

これは、我々というチームリーダーとして数字という会話をマスターしていく経過でもあります。

では、世間で結構信奉者のいる事実としての運命論や占い、あるいは宗教、信仰を真っ向から否定するのかと言えば会話科学から見ると、「なるほどね」とうなづけることもあるのです。



その信念ともいうべき傾倒は、全てことばの成せるワザであるからです。


よく言われるプラシボー効果と同じく、信ずる者は救われん!なのです。


運命論や運勢の有無、あるいはご利益と罰など、間違いなくことばの暗示効果です。

宇宙飛行士が地球へ帰ってから宗教家になる人が多いというエピソードも、


宇宙空間の神秘にふれ、今まで信じて来た常識を打ち破られた時、それを説明する新しい会話が神の存在となるわけです。


私たちが、自分自身となっている過去からの常識や、固定化されている会話を、朝晩のリバースライフで手放していく中で、

限りない自由さや、創作にふれ、人類が思い込み信じ切っていた我の存在や物の存在が消滅した時、驚くような見通しや知恵のことばが生まれてくるのと同じです。


このすばらしい自由鍵を手に入れたら、寿命、病気、貧乏、孤独感一切の不安感も消えます。

No.1、No.2で社長の書かれたメッセージの裏付けがハッキリ見えて来ます。
  
Posted by nagai@福岡 at 09:00Comments(0)長井利正のメッセージ

2007年11月06日

話し方=生き方 「性能力への迷い」

人生3大迷路への挑戦
2.性能力への迷い
                       
                               2005年1月21  No.2 長井利正

人生とは人間関係そしてそれは会話関係。

どこ迄、素直に人と話しあえるかに尽きます。

その原点は男女の出会い、恋、愛の会話であります。

近頃は、顔つきや、おしゃれであたかも男女の優劣が決まるかのようにマスコミが騒ぎますが、

それは優れた歌唱力や演技力によって、スターのイメージがつくられるのです。

私自身、出会った異性の優劣をふり返って分ることは、どれだけ深く話しあったかが、メジャーの基本であることを痛感します。


別の角度からこのテーマを見てみますと、男女の優劣というのは性能力のことを言うかのような錯覚があります。


婦人公論2004年9月7日号の読者ノンフィクション傑作選という特集の中に

「我87才、妻79才夫婦生活60年の性日記」

というのがあり、ご主人がいかに自分はタフで現役であるかを誇張して書いてあるのがありましたが、

作家はこう読んだという評論に

「奥さんの声が聞きたい、性生活以外のつながりはないのか?」というものでした。

深い会話のない出会いは、はかないものです。

私は、人間の性能力とは会話能力であると迄、言い切ります。


一番極端な話は、買春行為がいかに空虚な本能行動であることは、誰でも感じるものです。


会話のない食事が味気ないように、男女それぞれが、どこ迄、自分の性別をうけ入れるかで、

能力は左右され、人生というストーリーが幸福感自由感を明滅させます。


自分が、女である大承認が個性や魅力を生み、自分が男である歓びが、バイタリティや、会話力をつくり出します。


そして男女を問わず、人に惚れ、人を口説くことを楽しみ、お互いを認めあいながらさらに成長し交友を拡げることが、人間としての生きがいであります。

この人生づくりの根本こそ、日々の生まれ変り、深い情熱的なリバースライフタイムの充実です。


自分であることばを、一日々々完了させ、創生させる!


このシンプルで、デリケートなライフスタイルが、性能力の開発という千古の謎を解いてしまうのです。
  
Posted by nagai@福岡 at 08:30Comments(0)長井利正のメッセージ

2007年11月06日

話し方=生き方 「自己能力への迷い」

人生3大迷想の突破
1.自己能力への迷い                               2005年1月21日 No.1 長井利正

若い人たちに、今、何が欲しい?何に悩んでる?と聞くと、よく自信が欲しい、自信が持てなくて悩んでいると答えます。


私自身も、このテーマには随分迷わされて来ましたので、よく同意できます。

では、自信なるものの正体は何でしょうか? 

文字通り素直に読めば「自分(・・)を信じる」ことです。

ここで問題を解く鍵は、この自分(・・)なるものの正体が何かをつきとめることになります。


人間の大半は、自分の正体が見えません。

自分とは一体、誰なのか?この会話がないのです。

だから、自分ほど訳のわからないものはない!

この自己不信が、そのまま他者不信への鏡となり、

「曰(いわ)く人生は不可能なり!」

と叫んで昔の東大生が滝に投身自殺したなどというエピソードまで生みました。

今、物質文明は、小中学生まで携帯電話で遊ぶほど発達しましたが、


精神文化は100年前と変わりません。


気狂いに刃物!と言えるモノとココロのズレが犯罪や戦争、テロをエスカレートさせています。

さて、再び話を自信へ戻しましょう。

自分とは誰か?何か?私たちは、この根本的解答を発見し、その開発法をも発見致しました。


当たり前のことですが、自分の原点はことばであります。


ことばがなければ自分も他人も区別がつきません。


ことばを持たない動物たちは、種の保存(生き延び生き続ける本能)のまま集団生活を営んでいるだけで、自分の存在を意識する事はありません。


そして自分を単にことばとするのではなく、「誰のことばか?」から、自分とは親たちの会話体がそのままプリントされた反応システムであることに気付きました。


そこで、自分として生きるのは親のことばを超えること、

その事実に気付き、母のことばを完了し、父のことばを創作していく自分という会話体の革命の成功したのです。

ここが、過去の知識から未来の知恵への転換であります。

単純に言えば自信がないということは、知識のうけ売りから脱出していないことです。

自分という内話反応を手放してこそ、知恵が可能を開き、本当の自信、生きがいを獲得できるのです。
  
Posted by nagai@福岡 at 08:00Comments(0)長井利正のメッセージ

2007年11月04日

話し方=生き方 「枯れ落ちる紅葉の葉のように・・・」

温泉の中の安らぎ
 枯れ落ちる紅葉の葉のように・・・

                                2003年11月21日  No.2  長井利正


夢幻の里という名の貸切り風呂へ行った時のことです。

ここの特長は、お湯も白濁しファンタジックなのですが、一つ一つのお風呂が広々として、


その上、庭園風の造りなので、何か、本当に安らぎを感じるのです。


そこへ、正文君と私と二人きりで入りました。



そこは山の中腹の温泉という風景で、様々な木々がお風呂を覆います。



もう紅葉の季節はとうに過ぎ、枯葉となった葉が風にのって、一、二枚、白いお湯の中に落ちてきます。


ごく自然にその落ち葉を手にすくうと「色は匂えど散りぬるを・・・」と、


いろは唄が口をついて出て来ます。



「幸せだねぇ」

「うん」

二人の会話も、本当に穏やかになります。


「このもみじも、ついこの間迄は、美しかったろうねぇ」

「うん」

「人間もね、この葉っぱたちと同じように、輝いては枯れ、そして散り、又、大地の土となっていくんだよ」


「正文も、やがて、お父さんのように年を取り、この枯葉のように消えていくんだ」


「フーン」

「だから悔いのないように、一日々々を大事に過ごしていくだ」

「今日この景色、この気持ちを大切な思い出の一つにしていこうね」


いつ果てるともなく、風の音のように、湯気の中に二人のささやきが続いていました。

  
Posted by nagai@福岡 at 15:00Comments(0)長井利正のメッセージ

2007年11月04日

話し方=生き方「 お湯の中にも、花は咲くよ!」


温泉の中での語らい
 お湯の中にも、花は咲くよ!
                     2003年11月21日  No.1  長井利正


温泉の効果というと、あたかも皮膚病や冷え性などの薬効効果であるかのように思われますが、

私は、しみじみとした会話効果が意外と大きいのではないかと感じます。



そこから見ると草津音頭の

“お湯の中にもコリャ、花が咲くよ”

は、湯の花(硫黄の結晶)でもあり、話に花が咲くとも解釈できそうです。



私が、なぜ、温泉の心理的効果を強調するかというと、それほど人は人と居ないし、


エネルギーコンタクトとしての会話がうまく流通しないのです。


お正月、わずか一泊二日の間、正文君と過ごした時、名実ともに二人っきりでお風呂に入る機会があり、


リクツを超えて「我々」センスを味わうことがありました。


彼も温泉好きで、朝、お風呂場がガランとして誰もいない時、いい湯加減の中にポーッとしながら、

自分が発見したこと、気付いたことを詩の朗読のように話しあうのは、恍惚の世界です。


肉親というのは、単なる遺伝子関係ではなく、

こうした、ごく自然的なエネルギーの交流関係にいることではないかな・・・と感じました。


その人と、一緒にいる実感。

刀がサヤに収まっているような安定感。



全くリラックスの中での会話。


改めて温泉に感謝!の気分です。


思えば、私は父とこうした時間を味わったことは、あるんだろうか?と回想してみました。


確かに熱海温泉に何回かお供したことはありました。

温泉プールのようなところで、泳いでいた父。


家族風呂に一緒に入ったこと・・・でも、何か、父といない・・・・会話の思い出がない。

そして、その欠けている頁を、今、私は自分が父となって、

わが子と共に一緒にいられる幸せ感を取り戻しているのかも知れません。

  
Posted by nagai@福岡 at 13:00Comments(0)長井利正のメッセージ

2007年09月21日

話し方=生き方 「コーチとは?!」

時を感じる時のあり方研究

ここ一番!を創るには能動的コーチを!
       
                                    2005年9月15日    長井利正


世間で言う歴史の変わり目と言いますかエネルギーの流れの節目とも言うべき「時」も


“すべての結果は意図次第”の法則から如何にエネルギーを創り出すか次第にかかってきます。

エネルギーの集中的高揚が必要な時、“ここ一番”のクライマックス的創作を行うには「コーチ」という方向性で互いにコンタクトする必要があります。


「コーチ」には2パターンありますicon76。「コーチする」方向性とicon75「コーチされる」方向性です。より分かりやすく例を引きながらその事実を言いましょう。



第一の「コーチする」という会話は、相手に教授するというスタイルを言います。

勿論このスタイルを取れるためには前もって相手が合点し納得するデータを十分流し、

ごく自然に相手がより自ら求めるというエネルギーの流れをつくることが必要です。


具体的には、自由さやくつろぎの出会いから始まって、

相手にひそむ欲求を引き出し「~のために~してください」と依頼するスタイルをとります。



これに対して第二の「コーチされる」の会話はコーチにサレンダーすることを言います。


人間の本質的すばらしさは、こうした相関相依のエネルギーコンタクトをするところです.


進化の原核でもあります。


私自身、今日のボキャブラリーの豊かさや限りない創造性の開発は自分をコーチしてくれるリーダーを求めて旅をしたことです。

自分にとって未知の分野と遭遇し、その対象が少しでも自分の求める方向性に偉いと感じた時は、いつも無条件に降伏し、礼節を尽くし、教えを乞いました。

そしてこの繰り返しの結果、自分が人をコーチする可能を開き、与えることから更に未開な世界の発見をすることができました。


ピークをつくり突破をはかるには無限のエネルギーを必要とします。



そして、その可能は、コーチを求めコーチを与えることから開きます



星が誕生し、星が消滅する宇宙。



私たちの人生という宇宙も全く同じしくみがあるのです。icon99  
Posted by nagai@福岡 at 08:00Comments(0)長井利正のメッセージ